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苦しみたがり屋 3 [苦しみたがり屋]

「バランスを取らなくちゃ」なんて意識をしなくても自転車に乗れるのは、「自転車の乗り方」という物がすでにイップットされているためです。

自分が何かをやりたい、と行動を起こした時、苦しみたがり屋は、自分が意識をしなくても、苦難苦節の道を選んでしまいます。自分が望んでいなくても、その情報は潜在意識の中に刻み込まれています。

特に厄介な苦しみたがり屋は、苦節苦難の末に幸せを手に入れる物語を、美徳だと感じる人です。

舞台上には、必要な物が全て揃っています。思考は実現する訳ですから、おなじ成功をイメージした人でも、苦難苦節を美徳と思っている人は、苦節苦難もちゃんと用意されていて、叶ってしまいます。

思考するという事は、常に自分で何かを選んでいるという事です。望まない事であっても、無意識のうちに選択している事を覚えておきましょう。

観客席から自分がどんな役を演じているかをイメージし、「おや?こんなはずではない」と思ったら、自分で自分の事を笑いましょう。「これは過去において選択した役柄にしか過ぎない。これから私は自分で自分の笑顔を選択できるんだ」と、今、笑顔の役柄を選らんだ自分を喜ぶことです。

舞台上には、必要な物が全て揃っています。自分から笑ってしまえば、笑顔もちゃんと用意されています^^

「幸福とは心の習慣である」マクス・ウェルマルツ
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苦しみたがり屋 2 [苦しみたがり屋]

志村さんは、悲しいドラマの意味について質問を受け、こんな答えをしていました

「 『人を泣かせたり気分を落ち込ませる事は、笑わせる事よりずっと簡単だよ』、とスタッフと話している内に、『じゃあ作って見せようか』と作ったんだよ。」

なるほど、人間は悲しみたがり屋(苦しみたがりや)なんだなあ、と思いました。感動した映画は?と人に聞くと、多くの人が上げる映画には、苦節、苦難、不治の病や、愛する人の死といった物が盛り込まれている映画ばかりです。泣ける映画を見たいという人も多いようです。

もちろん、作り話ですから「自分の人生とは関係のない事だ」としっかり線引きが出来ていれば問題はありません。面白かった、あるいは面白くなかったと関心を寄せているという事は、苦節苦難の物語が好きなんだという事です。

志村さんは、お笑い芸人だからこそ、「楽しい気持ちにさせる」「笑顔にする」事の難しさを知っているだと思います。考えてみれば「不快にさせる」事は簡単です。

話は遠回りしましたが、「苦しみたがり屋」はちょっと厄介です。苦節苦難の末に何かを達成したり、幸運を掴んだりと、そういったストーリーに傾倒していると、その情報を自分の脳の中にインプットしていきます。潜在意識の中に刻み込まれていくわけです。

脳は現実と想像の区別がつきません。以前にお話をしましたが、身近な人の病気の話を聞いて「自分が同じ病気になったらどうしよう」と思考すると、脳はその想像に従って病気を作り出そうとします。その病気について知って、対策を立てるほどに、脳にインプットされた病気の症状を受け入れてしまいます。

アメリカの整形外科医・臨床心理学者のマクス・ウェルマルツは、

「自分があたかも物事を解釈したかのように、感情が形成され、すると脳が即座に感情を読み取り、そして自らの人生に投影しようとしていく」

と説明しています。

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苦しみたがり屋 [苦しみたがり屋]

誰もが苦しみたい、悲しみたいとは思っていないでしょう。しかし人生劇場は望んだか望まないかに関わらず、強く関心を寄せている思考に従って舞台が進みます。

15年前位前に、志村けんさんのお笑い番組で15分程度の悲しいドラマが流れていました。

ある話は、京に駆け落ちしてきた志村さん、石野陽子さんが演じる夫婦の物語で、田代さん演じる浮気相手を家に連れ込んだ現場を目撃した志村さんが小さい子を引き取って、懸命に働いて育てます。ラストは、近く働きすぎた志村さんは病に犯され、雪で真っ白くなった地面に血を吐きます、このときそばで見ていた奥さんが近寄って・・・。

別の話は、大恋愛の末やっと結婚した夫婦がやっと子供を授かるが、奥さんは難産の末死んでしまいます。ラストはこの時生まれた女の子が高校生になり玄関を出ていくときに父親の方を振り返ったら母親にそっくり・・・。

別の話は、喫茶店のウェイトレスに恋をした男の話。彼女が事故に遭い失明の危機にあいます。彼は迷わず自分の角膜を提供しますが、彼女はその事実を知らず彼女は数年後別の男性と結婚します。ラストは彼女のウェディングドレスを見る黒いサングラスの男の目から涙がこぼれる・・・。

当時、小中高の子供に人気のお笑い番組で、このドラマを覚えている人の感想は、
「見終わった後に悲しいなあと思ったのを覚えています。テレビを見てはじめて泣いたのもこのときです」
「面白い物を期待しているのに全く面白い事がなく、チャンネルを変えてしまった」
「このドラマが流れるたびに楽しかったはずの食卓が、父は泣き始め母は無口になり僕と兄はドラマ前までのテンションが一気に下がって食事が終わるまで誰も口を利かなかったのを覚えています」
「見た当時、私の両親も喧嘩をしていたため投影してしまいひどく傷ついたことを覚えています」

お笑い番組に何のオチもないドラマが流れるのはとても異質だったようです。番組が終わって数年後、志村さんはある雑誌のインタビューで、この悲しいドラマの意味を訊かれていました。「なぜこんなドラマをやっていたのか、ドラマの意味は何なのか?」

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