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生きているだけで素晴らしい 8 [生きているだけで素晴らしい]

エネルギーが受け取れないと、子供の場合は、わざわざ怒られるような事をしたり、非行に走ったりします。そういう事をしてでも「自分はここに居るんだ」「自分の事をかまってほしい」というアピールをするようになります。

「自分の事が分かる相手になれ」と、お互いに相手を動かすこと、エネルギーの奪い合いを行っているのです。奪い合いをやっている間はずっとエネルギー不足です。

怒ったり泣いたりと、自分の存在を強く示したがるのは、エネルギー不足から起きるものです。舞台上は全て用意されているので、怒れば、怒らなくてはいけないような現実が次々と現れてきます。

重要な事は、ほとんどの人がこのエネルギーの奪い合いをしている間に、人生が終わってしまうという事です。

視点を観客席から人間劇を見てみると、主導権の奪い合いをしているのです。それは親子で、先生と生徒で、上司と部下で、友達との間で、様々な形で行われています。

舞台上では、「望むか望まないかに関わらず、思考が結果を引き寄せる」というルールに基づいて時間が流れています。舞台上には必要な物は全て揃っていて、好都合も、不都合も、ルールに従ってちゃんと引き寄せられています。

お釈迦様の話は「常に不足している」という思考が、「無い」という現実を引き寄せている。訳もなく「ありがたい」と思って出す(出させる)行為は「私には足りている」という行為なので「有る」という状態を引き寄せる事が出来る、というお話でした。

舞台上では、自分の思い描いた脚本どおりに舞台を進める為に、如何にして主導権を譲ってあげられるか、エネルギーを与えられるか、相手の存在を認めて尊重する事が出来きるかが、カギになってきます。

相手を尊重し、褒め、好きになる、このエネルギー交換が出来るのは舞台上に居る間だけです。お金や地位が無くても誰でもできることです。誰もがいつも必要としているこのエネルギーを受け渡せる存在である事、自分が舞台上に立った事、「生きている」という事は素晴らしいことなのです。

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生きているだけで素晴らしい 7 [生きているだけで素晴らしい]

昔のアメリカ福祉施設で、保護されている乳幼児の発達が遅れ、病弱である事が問題になりました。発達の遅れ、と言っても想像がつかないでしょう。2歳になる子供が、片言しか喋れず、ほとんどハイハイも出来ず、身長も体重も1歳児並み、そんな子供が沢山いたのです。

どこを調べても病気はなく、それでは食事に問題があるかと調べても、環境や衛生が悪いのかと改善をしても、困った事にどこにも問題が見当たらないのです。

しかし一人の看護婦が、赤ちゃんに対して毎日出来る限りの時間をかけて、あやしたり、微笑みかけたり、抱いたりする事で、見事にこの問題を解決してしまったのです。

施設の赤ちゃんには、抱いたり、微笑みかけたり、話しかけたりと、ごく当たり前のスキンシップが足りなかったのです。それは、普通の言葉で言えば「愛」です。現在では愛が足りないと人間は成長しない事が認められている為(ホスピタリズム)、福祉施設では十分な配慮がなされています。

栄養も環境も問題ないのに、上手く成長しない」 これって最近どこかで聞きませんでしたか?

そうです、「パワースポット作り」で触れました。畑は連作が出来ません。土も微生物も水も肥料も問題が無くても、連作をすると作物が育たなくなってしまうのです。土や微生物といった物理的な要因以外に、何らかの要因が不足していると、作物が育たないのです。

何らかの不足している物を、ある種のエネルギーが不足しているとしました。エネルギーが充填されるまでは、畑には作物が育ちません。このエネルギーをたくさん受け取り、エネルギーの流れを作る方法として、パワースポット作りを紹介してきました。

畑も人も、この人生劇場では何らかのエネルギーのやり取りが行われています。畑にあったエネルギーは、野菜に取り込まれて動物が受け取ります。赤ちゃんも母親からエネルギーを受け取って育っています。

食事を取る事が生きていくことで当たり前のように、私たちは、このエネルギー交換が出来ないと、心も身体も育ちません。舞台上では自分のしたい事はできない、何も叶わないという事になります。

エネルギー交換は「相手の良い所を見つけて褒める」ただそれだけの事です。

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生きているだけで素晴らしい 6 [生きているだけで素晴らしい]

「相手の良い所を見つけて褒める」と、自分の脳が良い事探しが上達し、自分から積極的にプラスの言葉を使えるというトーレーニングが出来、「ありのままの相手の姿を見る」事が出来ます。

この「褒める」という行為には、私たちがこの人間劇場でイキイキワクワクと喜劇を楽しむ上で、更に重要な要素があります。

人間劇場の舞台に上がってきた人は皆、常に「愛されたい」と思っています。愛なんて話をするのは、私はちょっとくすぐったいです。言い換えると「かまってほしい」というところでしょうか。

この欲求は生まれてから死ぬまでの間、ずっと持ち続けている物です。

生まれるという事は、観客席から人間劇場の様子を見て「自分も舞台上で演者になって遊んでみよう」と舞台に立つようなものです。

舞台に立って一番辛い事は、誰にも相手にされない、自分の存在に気付いてくれない事でしょう。自分が愛を求めているように、他人も愛を求めています。誰もがいつでも自分に気付いてほしいと思っています。

まずは舞台に立つと(生まれると)、誰もが自分が舞台に居る、というアピールをします。赤ちゃんは泣いたり笑ったりすることで意思を表示し、自分の存在をアピールします。成長すると、社会関係の中で、「存在を認められたい」「よく思われたい」「好かれたい」「褒められたい」という欲求が出てきます。

簡単に言えば人は皆「愛されたい」と思って生きています。生まれてから死ぬまでこのアピールは続きます。赤ちゃんが泣くことも、定年退職をして、自分が何もしていない事に「自分はもう社会の役に立っていないのでは」と思うのも「愛されたい」という思考です。

仕事で成功をしたり、何かをやり遂げても、誰も関心を持ってくれなかったらどうでしょう? それどころか「ちょっと話を聞いてよ」と言って誰も話を聞いてくれなかったら? 私の事を分かってほしい、そんなアピールは誰もがする事です。

誰かの愚痴を言ったり、100点を求めるという事は、相手に自分勝手な都合で、自分の理想の役を(虚像)を求めているという事です。つまり、相手の存在を無視していることと同様です。

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生きているだけで素晴らしい 5 [生きているだけで素晴らしい]


20年前頃から、若者言葉の「ムカつく」、若者が「キレる」を聞くようになりました。テレビでこういった問題が取り上げられると「今の若い者は忍耐が足りない」「我慢が足りない」と言う人がいます。最近の若者は些細なことにも耐えられず、我慢の限度が低いという事でしょう。でも、我慢を教えた所でいつかはキレるでしょう。

「今の若い者は・・・」という言葉はエジプトピラミッドの中の落書きにもあるそうです。昔から多くの人が、自分の思い通りに人を動かそうとして、いまだにそんなことは出来ないと、理解していないのでしょう。

多くの人が、自分勝手な虚像を見て、相手を見ていないのです。そのような環境で育つと、「妻はこうあるべき」「夫はこうあるべき」「子供は・・・」「生徒は・・・」「会社は・・・」「政治は・・・」と、自分の思い通りにならない相手の欠点探しを始めます。脳は愚痴や不満を探す事がうまくなっていきます。

些細な事でもキレやすいのは、些細な事を我慢する事を知らないのではなく、些細なことだと笑って済ませる事を知らないだけです。「こんな事は大した事じゃない、欠点にもならない、些細なことだ」と笑って済ませてしまえば、相手も笑って済ませる事を学習していきます。

「我慢が足りない」等と言う人は、自分が我慢してきた以上に、笑いかけられたり、褒められたりといった、当たり前のスキンシップを十分に受けてきた事に気付いていないのかもしれません。それだけ幸せなのでしょう。当然のスキンシップを受けてきた人には、スキンシップが足りない人の気持ちが分からないのかもしれません。

全ての教師が、という事ではありませんが「近ごろの先生は出来ない子供の気持ちが分からない」という話を聞いた事があります。なぜなら「大学に行って教師になる資格を取って勉強が出来る人ばかり。教師になる人は頭が良すぎるのです」

「愚痴る」は虚像を見ている事。「褒める」は実像を見ている事。自分が立っている人間劇の実像を見なければ何事も叶いません。

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生きているだけで素晴らしい 4 [生きているだけで素晴らしい]

自分で好きな配役を決められるのであれば、最初から裕福な家庭に生まれて裕福な生活をしたいと思うでしょう。

大方の人は、親は選べない、自分の生まれは選べない、と思っていないでしょうか。しかしちょっと視点を変えてみてください。

普段の生活でドラマ映画を見ていると、苦難の末に幸福になっていく主人公や、ピンチを切り抜けて成功を勝ち取るドラマや映画に夢中になりませんか? ただ裕福で何の展開も無いドラマをだらだらと見せられるよりも、ずっと夢中になりませんか?

私たちも観客席から人の人生劇場を見て、成功劇を楽しんでみようと思って、生まれてきたのかもしれません。ところが劇中に上がると、自分の演じる役を忘れてしまって、渦中にはまってしまうのです。

私たちが生きている世界には、良いも悪いも全ての物が揃っています。そしていつでも好きなように脚本を思い描いて実演できるのです。

「困ったぞ」「どうして私が」なんて思ったら、観客席から自分を見ているつもりになって、「ただその役を演じていただけなんだ」「自分の思考次第でどうにでもなる」と「面白いぞ」「嬉しいぞ」「ありがたいぞ」と思い直してみましょう。

自分の成功物語を演じているのを思い出してください。成功劇を演じて「あー、おもしろかった」と舞台を降りてみませんか。

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