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捨てよう! 5-1 [捨てよう]

「私は正しい」を捨ててしまいませんか?

大方の場合、人は自分が正しいと思って生きています。相手が間違っている場合もありますし、経験者は、「こうすれば上手くいくのに」なんてノウハウや成功方法を持っていたりします。そのようなノウハウが役に立つことも多々あります^^

じゃあ、なんで捨てなくちゃいけないの?

「おれの言うことを聞いておけば間違いがないんだ」
「あなたがどう思おうと関係ない。自分の好きなようにする」

自分が正しいと思っている人は、自分の話や、自分が持っているノウハウを、相手に受け入れられない事が多くあります。

逆に、相手が役に立つ情報をせっかく教えてくれていても、自分の信念や経験に沿わないものを受け入れ難くさせてしまいます。せっかくのチャンスも、有益な情報も逃してしまうのです。

自分が正しいと思っている人は「自分が正しいと思っている人」を引き寄せます。自分が正しいので相手の話を聞けません。相手のやり方を受け入れられません。

そして、正しいと思っている人同士が喧嘩をし、争いをします。

「私は正しい」は、「相手が誤っている」と言っているようなものです。次第に相手の悪いところを探すようになります。自分が正しいので、心の中で相手を悪人にしていきます。

例えば「私は正しい」は、お金のトラブルを起こすことがあります。「支払ったはずだ」、「とっくに契約が終わっているのに何でお金が引き落とされているんだ」。説明書や契約、ルールを軽視して「○○なはず」「○○に違いない」「○○に決まっている」「○○であるべきだ」という思い込みで動きます。

自分が間違っていると分かった時に、反省ができません。説明書の書き方が悪い、説明の仕方が悪い、制度が悪い、と、自分が間違った事は自分の責任ではない、という考え方をしてしまいます。相手の悪いところを探すことで頭がいっぱいになってしまうんですね。

人生に起きてくる様々な衝突やトラブルの原因が自分自身であると言うことに気付けません。だって、私が正しいのですから、まさか自分がトラブルを引き寄せているとは思ってもいないのです。

あるいは気付いていても知らないフリをします。相手の弱点や欠点を見つけて、相手が間違っていることにしてしまえばいいのです。頭の中で相手をやっつける事ばかり考えている間に人生が終わってしまいます。

勿論これは極端な例です^^; しかし、誰もが「私が正しい」を積み重ねていくことで、情報や、思いやり、愛など、自分が得られ得るべき財産を拒否して、つまらない人生にしてしてしまう可能性があります。

では「私は正しい」を捨てるにはどうしたらいいのでしょう?^^

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捨てよう! 4-2 [捨てよう]

●私達は自分が歩いてきた道を振り返ります。そして「ああ、こうやって歩いてきたんだ」と、過去の経験を頼りに先に進みます。大方の人が、今歩いている道を外れないように歩いきます。過去と同じ道を繰り返したどります。

良い事も、悪い事も、似たような経験や思いを繰り返すのは、同じ道を何度も繰り返し歩いているのです。過去の失敗を振り返って、「今度こそは」と自分で新しいを選択したはずなのに、結果は似たようなものなる事があります。不思議ですね^^;

●朝起きて布団から出るか出ないか・・・。会社に行くか行かないか・・・。

「布団から出るのも、会社に行くのも当たり前。決めるまでもない。」と、思うかも知れません。しかし、日常のどんな当たり前のことも自分が決めているのです。

わざわざ布団から出るかどうかを、毎朝決めたつもりがないのは、その選択を潜在意識がやってくれているからです。脳にインプットされた思考パターンに従って、自動運転をしてくれるのです。もしも潜在意識という便利な物がなければ、私達は考えてる間に一日が終わってしまいます^^;

●「変化」とは、別の性質や状態に変わる事です。新しい別の状態に変わる訳ですから、古い物はなくなっていきます。大方の人はこの「変化」を恐れます。未知のものに対して先を予測し、恐れや不安を抱くのです。これから起こりうる様々な事を思い描いて、構えます。

長年の慣れ親しんだ習慣は心地良いものです。自分の思考習慣に沿って行動すると、ある程度先が読めるのです。例えその結果が不満であっても、「先が読める」「知っている」という事に、心のどこかで安心するのです。私達は心の習慣に従って、良い事も、悪い事も、一緒に引き寄せています。

日常的に繰り返し行ってきた役割、生活習慣、仕事等は、変化を恐れて代え難くなっていきます。

●さて、欲張りな「私」は、選ばなかった方に未練を残します。この思考はどちらを選んでも不満を感じます。人間は、その日一日、自分が思考しているような人生を送ります。

前と同じ事を繰り返して違う結果を得ることはできません。自分の選択した結果に不満を感じたら、「これで良かったんだ」と思い直します。自分が慣れ親しんできた日常を壊してしまうつもりになることです。

人生は自分の思考の結果を受け取る遊びです。自分の身近な一日を創造し、思い通りに生きて、満足していくことです。どんな一日を過ごすのか、どんなことに創造的になるのか、どんなことに喜びを感じるのか、自分の一日を創造し充実させていくことです。

自分に起きる出来事は全てベストタイミングです。受け取った結果に解釈を付けているのは自分の心でしかありません。好都合だと思えば好都合を、不都合だと思えば不都合を引き寄せるのです。

だから、ただ、ただ、「ありがたい」「おもしろい」「うれしい」と思うだけです^^

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捨てよう! 4 [捨てよう]

欲張りな自分を捨てませんか^^

大方の人は、何かを選んだ時に後悔する習慣を持っています。選ばなかった方に未練を残すのです。「やっぱりあっちにすれば良かったかも」という気持ちに心当たりがありませんか?^^

どれにするか、迷えば迷うほど、選ばなかった方に未練が残ります。つまり、どちらを選んでも不満が残るのです

「これを選んで良かった」と思った選択であっても、選ばなかった方に未練を残していると、選んだ物の欠点探しをしてしまいます。減点してしまうんですね。これも満点主義です。

取り替えたり、買い換えができる物ならいいでしょう。じゃあ結婚は?
AさんはダメだからやっぱりBさんに、なんて訳にはいきませんよね。中には、「やっぱりBさんに」と言う人もいるでしょうが、Bさんを選びなおしても不満が消えるわけではありません。満点主義を持っている間は、選んだ物を減点していきます。

AとBの良さを比べているようで、実は、AとBの減点をして比べているだけだったりします。

「あれも欲しい、これも欲しい」と、欲張るのは、「足りない、不満だ」という思考を繰り返し、「足りない、不満だ」という現実を引き寄せ続けます。

欲張りな自分を捨てるには、今の自分が持っている物や環境全てに「ありがたい」「これで良かった」「今とっても幸せだ」とイメージトレーニングをしていくことです。今、自分が手に入れた物、受け取った物、全てを褒めてみてください。良いところを探せば好きになるのは、行動分析学の実験例でお話ししたとおりです。

一番良いのは、家族を褒めて好きになる、というトレーニングです。家族は取り替えられません。だからこそ、親を、子供を、夫を、妻を、「とても素晴らしい」と、良いところを沢山さがして褒めてみることです。良いところを一つ見つける度に、一つ「欲張りな自分」を捨てることができます。

私にも家族にも足りないものはない。
私も家族もとても素晴らしい。
自分が足りないと思っている物は全て自分の手の中にあった。
ただ、見えていなかっただけだ。
私に必要な物は、ベストタイミングで全て受け取ってきた
これからも、私に必要な物は自由自在に受け取ることができる。

と朝晩の瞑想・イメージトレーニングを行って下さい。私達は自分が思考・創造した物を受け取ります。一つ捨てると、一つ幸せを引き寄せますよ^^

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捨てよう! 3-3 [捨てよう]

比較してしまった事はしょうがないです。「昔は良かった」、等と思ったら「今の方がいいに決まってるじゃないか」と笑ってみることで、思考の打ち消しをしていきます。

「比較する自分を捨てる」と言っても、比較した後に、「比較はいけない、やめよう、捨てよう」では後手後手に回っています。「やめよう」「捨てよう」と思っている間は、これまでの思考習慣に囚われています。

じゃあ、どうするの?

「比較はいけない」「比較をやめよう」と思うのではなく、「今は充実している」「これで良かった」と思考習慣をつけていくのです。今が充実してれば、何かと比べて自分が幸せかどうかを計る必要はありません。充実しているという思いが、充実している現実を引き寄せます^^

最初のうちは、どんな時でも「今は充実している」「これで良かった」と思うことに違和感があるかと思います。それは自分の良いところが見えていないだけなのです。

比較は満点主義です。満点主義は自分のマイナス面を見つけていく為に、次第に自分が嫌いになっていきます。自信が持てなくなってしまうのです。逆に自分のプラス面に視点を持っていくと、自分が好きになり自信を持つようになります。

本当に?と思うかも知れませんが、既に、行動分析学の実験例でお話ししたとおりです。欠点を見て悪口を言えば、好きだったものが嫌いになり、良いところを見て褒めるだけで嫌いだと思っているものも、好きになってしまうのです。

私達は自分の思考を変えるだけで、いつでも自分の人生を変えていけるのです^^

「比較をする自分」を捨てるには、今を充実させていくことです。充実していると感じることで、比較するという習慣を無くしていけます

朝晩の瞑想・イメージトレーニングで、新しい思考習慣をつけていくことです。

一日を振り返って、どのような出来事が起こっていても

これは最終的に自分にプラスになる出来事が起きているんだ
今日は一日これで良かった
今私はとっても充実している

と一日の良い思考で締めくくります。

朝起きたら

自分に解決できない問題は起きてこない。
問題の解決に必要な物は全て用意されている。
私は必要な物を全て受け取ることが出来る。
私はなんでも出来るし、なんにでもなれるし、どこにだって行ける

と今日の自分を創造していきます。

朝晩のイメージトレーニングが大切です。人間の記憶は自分の解釈が含まれています。都合の良いように脳に記憶されていきます。充実していたと満足して寝ると、寝ている間に脳が勝手に記憶を作ってくれます。朝起きてすぐ、脳が目覚めきっていない内に、自分がどんな一日を過ごすのかを創造します。すると脳は、朝一番に創造・記憶したとおりの経験を探し始めます。

朝晩の瞑想・イメージトレーニングは、自分の好きなように肉付けしていって構いません(トレーニング方法は「イメージトレーニング方法1~3」を見て下さい)。

人間の一日は人生の縮図です。その日一日、自分が思考した通りの人生を送ります。私達は夜死んで、朝生まれているのです。いつも新しい人生を過ごしているのです。朝生まれる度に、

人生は常に好転している
自分に起こる出来事は全てベストタイミングだ
自分の人生に必要なものは全て揃っている

と、自分の人生を創造してみてください^^

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捨てよう! 3-2 [捨てよう]

人間はおもしろいもので、物を買った後に、他の店の価格と比べて「あー、失敗した。こっちの店で買えばもう少し安かった。」等と悔しがったりします。買う前に比べるなら分かりますが、買った後でも自分が失敗していないか気になって、比較をして喜んだり、落ち込んだりするのですね^^;

時間は巻き戻せないのに、「あっちにすれば良かった」と後悔します。誰も過去に生きられないと分かっていても、過去に手を伸ばそうとします。

そんな事をやってる間に人生終わっちゃいますよ^^;

あの人と容姿を比べる。この人と経済力を比べる。運動能力や知識を比べたり、技能や仕事の能力を比べる。私達はあらゆる事を比較します。

これは満点主義です。比較をする習慣を持っている為に、自分がどれだけ足りていないかという、マイナス探しばかりをしてしまうのです。

「比べて足りないと思ったら、それをバネにして頑張れるんじゃないか」と言う人もいます。それはそれでいいでしょう。その人は、そういう生き方が好きなのですから。

金持ちは自分より金持ちを知っています。貧しい人は自分より貧しい人を知っています。どんなに努力しても、比べている間は、いつまで経っても不足を感じると言うことです。

自分が頑張った結果をいつまで経っても不足していると評価するか、「ああ、良かった」と評価するかでは、大違いです。だって、死ぬ時に自分がどちらを思考しているかを考えてみて下さい。

満点主義、比較をする習慣を持っている人が、死ぬ時になって人生を振り返って、「あー、良かった、満足だ」とは思いません。これは習慣であり、であるので、満足したと思おうとしても、必ず何らかの自分の不足を見つけだします。

比較する自分を捨てられなかった人は、どんなに沢山の物を持っていても、沢山のお金があっても、不満足のまま人生を終えてしまいます。私達は、不満や不足に目を向けて生きることも、充実していることに目を向けて生きることも、どちらも出来ます。

同じ手段で同じ物や技能を手に入れても、自分の心のあり方次第で、その後の人生が変わっていきます。人生は過去の延長ではなく、常に変わっているのです。だから、いつどんな時でも、人生は変えられるということです。自分で選ぶことが出来ます^^

比較する自分を捨ててしまいませんか?不満足を抱いて人生を終えるか、充実していたと思って終えるかは自分次第ですyo! ^0^

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捨てよう! 3 [捨てよう]

次に、「過去と比較する自分」を捨ててみませんか^^

あの頃は良かった、昔は良かった、若い頃は・・・等と思考することがありますが、これが危険だったりしますヽ(*'0'*)ツ

「パワースポット作り」では、物を捨てる事で過去の自分を捨てるお話をしました。ゴミだと思えば捨てることもできますが、過去の栄光を捨てられない人は多いものです。

楽しい思い出は取っておいてもいいのですが、今の自分と比較をすることが、自分を不幸に導いてしまうことがあります。

「昔は良かった」は、今の自分を否定している思考です。思考した事を将来に引き寄せてしまいますので、今よりも悪い状態を受け取る事になります。

自分にインプットしていった情報は、潜在意識に刻印されていきます。習慣となっているものは、自分が「そうしよう」とわざわざ選ばなくても、潜在意識が自動的に実行してくれます。

考え事をしながら運転をしていた、なんて二つのことが出来るのも潜在意識のお陰なんですね。私達が色々なことが出来るのは、習慣的なものを潜在意識がやってくれるからなのです。

ただし、潜在意識は善悪の区別を付けることができません。善し悪しに関係なく勝手に働いてしまいます。「昔は良かった」という思考習慣が潜在意識に刻印されている毎に、潜在意識は「昔は良かった」と思えるような選択を自動的にしてしまいます。

怖いですねぇ。「昔は良かった」という思考に沿った結果を得ようと、今よりも悪い状態を無意識に選択しているのです。「昔は良かった」には、今をいかに素晴らしいものにしていくかという、創造が無いのです。

「昔は良かった」と思ったら、「今はとても良い」と思考し直します。本当に今が良いか悪いかは関係ありません。頭のいい人ほど、善し悪しをハッキリさせようとしてしまいます。しかし、このイメージトレーニングでやっていることは、「思考習慣を変える」こと。「潜在意識に良い選択をさせる」ことです。

善し悪しを考えるより、バカになって「あ、良いことが起きているんだ」「よし!これで良かった」と、今を肯定していくことです^^

朝晩の瞑想・イメージトレーニングでは「私の人生は常に好転しています」とトレーニングをすることをお勧めしました^^

寝る前に

昨日よりも良い一日を過ごせた
明日は今日よりも素晴らしい一日を過ごしている

朝起きたら

今日は充実した一日を過ごしている

とイメージします。

繰り返しイメージすることで、「ありがたい事」「面白い事」「嬉しい事」を潜在意識に選択させるのです。

勝手に幸福になっちゃう! ってことですね(^。-)

私達はいつでも自分で意図的に創造をして、人生を選択することが出来ます^^
一つ、過去と比較する自分、を捨ててみませんか?^^

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捨てよう! 2-2 [捨てよう]

まず一つ、自分を捨ててみませんか。最初に捨てる「自分」は「聞いて欲しい」という自分です。「私を受け入れて欲しい」という自分を捨てるには、相手の話を聞くことです。

相手の言うことに従う、なんて事ではありませんよ。どのような話でも、相手が何を言っているのか、何を伝えたいのかを理解することです。これはとっても難しい事です。途中で口を挟んだり、何かアドバイスをしてあげよう、なんて思ったら、その時点で相手の話を聞いていない事になります。

自分から相手の存在を認める、相手を受け入れる、というトレーニングです。

「私が」あるいは「私を」という思考が、どんな物を引き寄せてきたかは、今の自分を見れば判るはずです。今の私を変えたくても、これまでと同じ思考を繰り返していては、今と同じ結果しか得られません。

人生を、豊かに思い通りに過ごしている人は、「足りている」と思っているから、当たり前のように与えることができます。

私達は「足りない」と思っているから与えられないんですね。でも本当は、与ないから、「足りている」という現実を手に入れられないのです。

「自分が満たされている」と振る舞うことで、「私が」「私を」という思いが勝手に満たされる現実を受け取ることが出来ます。

まずは笑顔になって「あなたの話を聞きます」という遊びをしてみることです^^ この遊びはやればやるほどに、様々なイベントを引き起こします。それは自分の思考を変えた為に、新しい事態を引き寄せているのです。

「なんで私がこんな目に」なんて思うことも起きてきます。あなたに色々なことを言ってくる人がいれば、それは、あなたが人を愛する行為をしたからです。あなたは「話を聞いてくれる人」=「私を愛してくれる人」と、受け入れられ始めたという事です。遊びが出来ないと、「なんで私がこんな目に」と思って続けられなくなります。

「なんで私がこんな目に」と思う数ほど、「自分」を捨てられたということです。遊びを続けていれば、一つ自分を捨てるたびに、一つ人生が楽しくなっていく事を実感できますよ^^ この遊びが面白くなってくるほどに、「なんで私がこんな目に」と感じる不都合を「ありがたい、おもしろい、うれしい」と思うことを自然に受け入れられるようになります。

さあ、人生を変えてみませんか?^^

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捨てよう! 2-1 [捨てよう]

自分を捨てるって、どうやって?

「自分を特別に扱ってほしい」というのは、人間の一番大きな欲求かもしれません。赤ちゃんはお金を欲しがったり、他の赤ちゃんと比べて「もっと」なんて思わないでしょう。

赤ちゃんは自分の存在を知らせるために泣いて「お腹がすいた」「眠い」なんて、自分を母親に知らせます。私達は当たり前のように眠ることが出来るかもしれませんが、生まれたばかりの赤ちゃんは一人で上手く寝ることもできません。

「私はここに居るよ!」「私の為にやってよ!」なんて主張は生まれた時から持っているということですね。人はみんな「重要な存在だと思われたい」「愛されたい」と思っているのです。

人は、この欲求を満たすために、何でもやってしまいます。本当に?なんて思うかも知れませんが、幼少期に十分な愛が得られないと非行に走ったりします。意味もなく事件を起こして「注目されたかった」「目立ちたかった」なんて人は、この欲求の強い人達なのではないでしょうか。

この欲求を満たす為に、一番多いのが愚痴。「疲れた」「だるい」「調子が悪い」。本人は気付いていませんが、多くの場合はこういう愚痴を言って心配してもらうことで、話題の中心になろうとします。それに「おれも」「私も」と安易に同意をもらえる話題だったりします。わざわざ人を集めて、自分が調子悪いことを言う人なんかもいますね。

脳や潜在意識は現実と想像の区別が付きません。例え嘘でも、話題のフリに冗談で言ったとしても、脳は実際に言ったとおりの疲れた状態を作り上げます。本人は気付いていませんが、自分が疲れたり、病気になることが都合がいいのです。

多くの人は、子供の頃に満たされなかった為に「自分を、自分を、」という気持ちが残ったままです。何もかもが満たされた人なんていないでしょう。「私の話を聞いて」という行動は、「私を受け入れて欲しい」という思考です。そして、自分を押し通す人同士が喧嘩をしたり、戦争をします。

親のせい? いえいえ、それもこれも全部自分が選んだのです。私達は自分の意志で「人間社会」という劇の舞台に上がってきたのです。この人間劇場でどんな遊びをするか、親も環境も何もかも全て自分で選んで、舞台に上がってきたのです。

これはゲームです、遊びです^^
ゲームにはいろんなイベントが用意されていて、それをクリアするごとに、面白く楽しくなっていきます。難関のないゲームなんて面白くも何ともないですよね。しかし多くの人が、自分が引き寄せたイベントに囚われてしまって、遊びだと気付く前に人生を終えてしまいます。

まず一つ、自分を捨ててみませんか。最初に捨てる「自分」「聞いて欲しい」という自分です。「私を受け入れて欲しい」という自分を捨てるには、相手の話を聞いてあげるのです。

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捨てよう! [捨てよう]

~アルフレッド・D・スーザ の言葉より~
幸せは旅であり 目的地ではない
踊れよ 誰も見ていないかのように
恋せよ 一度も傷ついたことがないかのように
歌えよ 誰も聴いていないかのように
働けよ 金が必要でないかのように
生きよ 今日が最後の日のであるかのように 

この言葉がいい言葉だな、と思っても、実際には誰も見ていないかのように踊ったり、歌ったりなんて、恥ずかしくてできないでしょう。それこそ本当に誰もいないところじゃないと出来なかったりしますよね^^;

それは「自分」というものがあるからです。

「自分」は人の目を気にします。笑われたりしないか、なんてね。
「自分」は比較します。誰かと比べて不安になったり安心したり。
「自分」は我が侭です。人よりも自分を、って。

元々の私達にはそんな「自分」はなかったはずです。私達は色々な事を知りすぎて、色々なことに迷ってしまいます。私達の心には余計な思いが多すぎるのではないでしょうか?

たくさん食べ過ぎると、身体には余計な脂肪が付いていきます。太っていくほどに、身体の切れは悪く、思うように動かせなくなります。心に余計な物が多すぎると、自由に思うことが出来ません。「こんな事をしたらバカにされるんじゃないか」なんて。

捨てちゃうのは「自分」です! 心のダイエットをしてみませんか?

ダイエットをしてスッキリと身体が軽くなった事を想像するように、自分の心もスッキリしてみよう!って思ってみるのです^^

8/20のあおう会では、「ガンから生還した僧侶」杉浦清始さんに来ていただきました。みなさんに自己紹介をしてもらったのですが、杉浦さんは自分の自己紹介で踊りを披露してくれました。そんな自己紹介は見たことがありません^^

私も結構面白い自己紹介をしたつもりでしたが、杉浦さんには敵いません(笑) 人前で踊って自己紹介なんて、私は考えただけでも恥ずかしくて出来ませんよ~^^;

「いいところを見せよう」とか「しっかり話さなくちゃ」なんて思った瞬間から、何かに囚われているんですね。「作り物の自分」を見せてしまったら、この先もずっとその「自分」を演じ続けなくちゃいけませんよね。これは大変なことです。でも多くの人が、大変なことを選んでやってるのではないでしょうか。

人生を複雑にしているのは自分自身です。本当はもっとシンプルに楽しく人生を生きられるのに、自分から不安や悩み事を引き寄せてしまいます。

「自分を良く見せたい」「人に良く思われたい」なんて思いは、大げさに言えば「自分を特別に扱ってほしい」ってことでしょう。自分の期待どおりに相手が動いてくれないとガッカリしたり、イライラしたりしちゃいます。自分が、自分が、と言う気持ちが大きくなるほどに、人生に不自由を感じてしまいます。

でも実は、「不都合なことが起きたな」って思うのは、「本当の自分」が教えてくれているのです。「今の自分」と「本当の自分」が合っていない時に、不都合を感じます。本当の自分に戻るために不都合を引き寄せた、といってもいいでしょう。

不都合を感じている「自分」を捨てていきませんか?^^
心のダイエットをして、自由で楽しい人生を送ってみませんか?^^

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信念・思い込み 6-3 [信念・思い込み]

類似した制度がいくつか有ったものの、正式に「ぶらぶら社員制度」と言う名前を付けたのが、お茶漬けで有名な「永谷園」だそうです。

永谷社長が、能登さんという社員に「会社に出勤しなくてもいいから、新商品開発のヒントになるような自由な行動を認める」と辞令を出し事が始まりでした。能登さんは一流のお店を食べ歩きました。使ったお金は翌日には即補充されて、いつでも好きなように使えました。

「レポートは要らない、何かひらめいたらおれの所に来い」と言われていた能登さんは、数日に一度出社して社長と話をする以外は会社に行くことはありませんでした。

能登さんが数ヶ月間食べ歩きをして判ったことは、「自由に飛び立たないと新しいものに出合えない。」ということでした。日本全国の食べ物を食べ歩き、ついには海外へ。2年間ぶらぶらして、訪れた国が5カ国、訪れた店は220件。その成果は、和田あきこさんのCMで有名なヒット商品、現在でも年間20億~30億を売り上る「麻婆春雨」を世に送り出す事になったのです。

2001年に、永谷園でぶらぶら社員制度が復活しました。

指名された社員は、「スーツ姿のままでは不自然な場所もある。朝一番でもスーパーを覗ける自由が必要だ」と、勤務時間と服装の自由を会社に要望しましたが、会社側は「節度を持て」と却下したそうです。

ぶらぶら社員は5人一組のチームでした。

能登さんは、一人で自由な行動を許されて、自由に遊び、その遊びの話を社長にするだけでした。一方、5人のチームはお互いに意識して、自由な遊びが出来ませんでした。その責任感も5分の1で済むのです。

5人チームという「小さな組織」が出来ただけで、ぶらぶら社員の本来の中身「自由」はなかったのです。5人は意見がまとまらずに、何も具体化できないまま、わずか半年でぶらぶら社員は消滅したそうです。

常識から外れてみませんか?
馬鹿になってみませんか?
遊び心を養ってみませんか?

~アルフレッド・D・スーザ の言葉より~
幸せは旅であり 目的地ではない
踊れよ 誰も見ていないかのように
恋せよ 一度も傷ついたことがないかのように
歌えよ 誰も聴いていないかのように
働けよ 金が必要でないかのように
生きよ 今日が最後の日のであるかのように 

いつどんな時でも笑って「ありがたい、おもしろい、うれしい」と思い直すのです。

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